山間部や農村地域を中心に、日本各地で生息しているイノシシ。田畑を荒らす動物として知られていますが、実は農業だけでなく、森林や生態系にもさまざまな影響を与えています。
イノシシは雑食性で、植物の根や果実、昆虫、ミミズなど幅広いものを食べます。また、餌を探すために地面を掘り返す習性があり、その行動が森林の土壌や植物にも影響を及ぼします。
では、イノシシが増えると、私たちの暮らしや自然環境はどのように変化するのでしょうか。
この記事では、環境省などの公表資料をもとに、イノシシの最新の推定個体数や増加の背景、農業・生態系への影響、被害を防ぐための対策について解説します。
イノシシが増えるとどうなる?主な影響は4つ

イノシシの生息数や分布域が拡大すると、次のような影響が生じる可能性があります。
- 農作物を食べたり、田畑を踏み荒らしたりする
- 地面を掘り返し、森林や土壌環境を変化させる
- 植物や昆虫など、ほかの生き物にも影響を与える
- 人身事故や交通事故、家畜への感染症リスクにつながる
特に問題となっているのが、農作物への被害と、餌を探すための掘り起こし行動による環境への影響です。
日本にイノシシは何頭いる?最新の推定個体数

環境省が2026年10月30日に公表した推定結果によると、2025年3月末(令和6年度末)時点の日本全国におけるイノシシの推定個体数は、約157万頭です。
これは統計的な手法によって算出された推定値であり、実際に一頭ずつ数えた結果ではありません。
最新の推定個体数は約157万頭
今回公表された推定結果は、次のとおりです。
| 項目 | 推定値 |
|---|---|
| 全国の推定個体数 | 約157万頭 |
| 90%信用区間 | 約91万〜270万頭 |
| 推定時点 | 2025年3月末 |
| 公表日 | 2026年10月30日 |
※環境省「全国のニホンジカ及びイノシシの個体数推定等の結果について」に基づく。
推定個体数には大きな幅がありますが、環境省はニホンジカとともに、イノシシについても個体数が高い水準にあるとして、捕獲の強化を進めています。
なお、イノシシは豚熱(CSF)の流行などによって個体数が変動することもあり、地域ごとに生息状況は異なります。
全国の推定値だけでなく、地域ごとの状況を把握することも重要です。
なぜイノシシは増えているのか?

イノシシの生息域が拡大している背景には、自然環境の変化や人間の暮らしの変化など、複数の要因があります。
1. 狩猟者の減少と捕獲体制の変化
イノシシの個体数を管理する方法の一つが、狩猟や許可に基づく捕獲です。
しかし、狩猟者の高齢化や担い手不足などによって、地域によっては十分な捕獲体制を維持することが難しくなっています。
イノシシは繁殖力が高く、環境条件が整えば個体数が増加しやすい動物です。
そのため、捕獲される数と繁殖によって増える数のバランスが崩れると、生息数の増加につながる可能性があります。
2. 耕作放棄地や里山の環境変化
農村地域では、人口減少や農業の担い手不足などによって、耕作放棄地が増加しています。
管理されなくなった農地や竹林、雑木林は、イノシシにとって身を隠しやすい場所になることがあります。
また、農地周辺に放置された農作物や果実なども餌になります。
人間が管理する範囲が狭くなることで、イノシシが集落や農地の近くで暮らしやすくなる場合があるのです。
3. 高い繁殖力と幅広い食性
イノシシは雑食性で、植物の根や果実、昆虫、ミミズ、小動物など、さまざまなものを食べます。
特定の食べ物だけに依存しないため、季節や地域によって餌が変わっても生きていける柔軟性があります。
また、環境条件が整えば、メスは一度に複数の子どもを産みます。
このような繁殖力と幅広い食性も、イノシシがさまざまな地域で生息できる理由の一つです。
イノシシが増えると農業にどのような影響がある?

イノシシによる被害で特に大きいのが、農作物への食害や農地の荒廃です。
1. 農作物を食べられる
イノシシは、農地に侵入してさまざまな農作物を食べます。
特に被害が知られているのは、次のような作物です。
- 水稲
- サツマイモ
- ジャガイモ
- トウモロコシ
- 落花生
- 果樹類
イノシシは地中の作物も掘り起こして食べるため、収穫前の農作物が一度に被害を受けることもあります。
また、田畑に侵入する際に作物を踏み荒らすこともあり、農家にとって大きな負担となっています。
2. 農地や畦畔を掘り返す
イノシシは餌を探すために、鼻先を使って地面を掘り返します。
この行動は「掘り起こし」と呼ばれ、土の中にいるミミズや昆虫、植物の根などを探す際に見られます。
森林だけでなく、農地や畦畔でも掘り起こしが発生することがあります。
特に水田の畦畔が壊されると、水が漏れたり、農業用水の管理に支障が出たりする可能性があります。
また、農道や農業用施設が損傷すれば、修繕にも費用が必要です。
3. 農家の負担や耕作放棄につながる
イノシシによる被害は、農作物が食べられた金額だけではありません。
農家は被害を防ぐために、防護柵や電気柵の設置、草刈り、見回りなどを行う必要があります。
こうした作業には時間や費用がかかり、農業を続けるうえで大きな負担になります。
被害が繰り返されると、農業への意欲が低下し、耕作放棄や離農につながることもあります。
イノシシによる農作物被害額は約45億円
農林水産省が公表した令和6(2024)年度の野生鳥獣による農作物被害状況によると、イノシシによる被害額は約45億円でした。
これは前年度と比べて約8億3,000万円増加しています。
同年度の野生鳥獣全体による農作物被害額は約183億円であり、イノシシはそのうち大きな割合を占めています。
イノシシによる被害は、単に農作物が食べられるだけでなく、農業を続ける人々の負担や地域の農業の維持にも関係する問題なのです。
イノシシが増えると生態系にも影響する?

イノシシは農業だけでなく、森林やその周辺に暮らす生き物にも影響を与えます。
特に注目したいのが、地面を掘り返す行動です。
1. 森林の植物や植生が変化する
イノシシは、森林の地面に生えている植物や地下にある根などを餌にします。
餌を探すために地面を掘り返すことで、林床に生えている植物や落ち葉の層がかき乱されることがあります。
こうした行動が広い範囲で繰り返されると、植物の生育環境が変化する可能性があります。
また、植物の根や種子が食べられることで、一部の植物の繁殖に影響する場合もあります。
ただし、掘り起こしによって土の中にあった種子が地表近くに移動し、発芽しやすくなるケースも考えられます。
そのため、イノシシの行動が植物に与える影響は、植物の種類や環境によって異なります。
2. 土壌や地表の環境が変化する
イノシシによる掘り起こしは、土壌環境にも影響します。
地面が掘り返されることで、土壌の表面や落ち葉の層が移動し、土壌の状態が変化することがあります。
また、土壌中に生息するミミズなどの小動物も、採食の対象になります。
イノシシの掘り起こしが頻繁に起こる場所では、土壌動物の生息環境が変化したり、土壌中の生き物の構成に影響が出たりする可能性があります。
環境省のモニタリング調査でも、イノシシによる地表の攪乱と、林床植生や落ち葉、土壌、地表性の甲虫などとの関係が調査されています。
3. 昆虫や小動物にも影響する
イノシシはミミズや昆虫の幼虫なども食べるため、土壌や地表に暮らす生き物に直接影響を与えます。
さらに、掘り起こしによって植物や落ち葉の量が変化すると、それらを利用する昆虫などの生息環境にも影響が及ぶ可能性があります。
例えば、落ち葉の下を隠れ場所や餌場として利用する生き物にとって、林床環境の変化は無視できません。
ただし、こうした影響は一律ではなく、地域や生物の種類、掘り起こしの程度によって異なります。
4. 土壌流出や森林環境への影響
イノシシの掘り起こしが急斜面などで繰り返されると、地表の植物や落ち葉が失われ、土壌が露出することがあります。
土壌を覆う植物や落ち葉には、雨による土の流出を抑える役割があります。
そのため、地表の攪乱が広範囲で起きた場合には、土壌流出が進みやすくなる可能性があります。
富山県のスギ造林地で行われた調査では、イノシシによる掘り起こしによって植栽木の根が浮き上がったり、引き抜かれたりする被害が確認されています。
イノシシの行動は、農作物だけでなく、森林の再生や林業にも影響することがあるのです。
イノシシが増えることで人間の暮らしにも影響がある?

イノシシの生息域が広がると、農村地域だけでなく、人間の生活圏でも問題が発生することがあります。
人身事故や交通事故のリスク
イノシシは基本的に人間を避ける動物ですが、追い詰められたり、驚いたりすると、突進することがあります。
特に、子どもを連れたメスや、逃げ道を失った個体には注意が必要です。
市街地や住宅地に出没した場合、人と遭遇する機会が増え、けがにつながる可能性があります。
また、道路に飛び出したイノシシと自動車が衝突する事故も発生しています。
豚熱などの感染症への影響
イノシシに関係する感染症として、豚熱(CSF)があります。
豚熱は、豚やイノシシに感染するウイルス性の家畜伝染病です。
人間には感染しませんが、野生イノシシの間で感染が広がると、養豚場への感染リスクを高める要因になります。
そのため、野生イノシシの捕獲や死体の処理などでは、感染拡大を防ぐための防疫対策が重要です。
イノシシの生息状況を把握することは、農業被害の軽減だけでなく、家畜を守るうえでも重要な意味があります。
イノシシの増加を防ぐために行われている対策

イノシシによる被害を抑えるためには、捕獲だけでなく、農地や集落の環境を整えることも重要です。
主な対策を3つ紹介します。
1. 捕獲による個体数管理
狩猟や許可に基づく捕獲などによって、イノシシの個体数を管理する取り組みが進められています。
環境省と農林水産省は、2013年にニホンジカとイノシシの個体数を10年後の2023年度までに半減させる目標を設定しました。
しかし、当初の期限までの達成が難しい状況となったため、2023年9月に目標期限を2028年度まで延長しています。
地域ごとの生息状況や被害の程度を確認しながら、効果的な捕獲を進めることが求められています。
2. 防護柵や電気柵の設置
農地への侵入を防ぐために、防護柵や電気柵を設置する方法があります。
イノシシは地面を掘って柵の下から侵入することもあるため、柵の設置方法や地面との隙間にも注意が必要です。
また、設置した後も定期的に点検し、破損や隙間がないか確認することが大切です。
3. イノシシを寄せ付けない環境づくり
イノシシが集落や農地に近づく理由の一つは、餌や隠れ場所があることです。
そのため、次のような環境管理も重要になります。
- 放置された農作物や果実を片付ける
- 収穫後の残さを適切に処理する
- 耕作放棄地や農地周辺の草刈りを行う
- 放置された竹林や雑木林を管理する
- 集落周辺の見通しをよくする
捕獲・侵入防止・環境管理を組み合わせることで、イノシシによる被害を抑えることにつながります。
まとめ|イノシシの増加は農業だけでなく生態系にも関係する
環境省が2026年10月30日に公表した最新の推定では、2025年3月末時点のイノシシの全国推定個体数は約157万頭でした。
イノシシが増えることで、農作物への食害や農地の掘り起こしだけでなく、森林の植生や土壌環境、昆虫などの生き物にも影響が及ぶ可能性があります。
また、住宅地への出没や交通事故、豚熱などの感染症対策も重要な課題です。
一方で、イノシシは日本の自然環境に生息する動物であり、地面を掘り返す行動も本来の採食行動の一つです。
大切なのは、イノシシを単純に排除するのではなく、地域の農業や自然環境への影響を把握しながら、適切な個体数管理と被害防止対策を進めることです。
人間の暮らしと野生動物が共存できる環境を守るためにも、イノシシの生態や行動を理解することが重要です。
参考資料・出典




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