もしかしたら、江戸時代よりも前から海を泳ぎ続けているサメがいるとしたら――。
そんな驚くべき話の主人公が「ニシオンデンザメ」です。北極海や北大西洋の冷たい海に暮らすこの深海ザメは、世界で最も長生きする脊椎動物として知られており、その寿命は400年を超える可能性があると考えられています。
なぜそんなに長生きできるのか。どこに住んでいて、何を食べているのか。そもそも、生きている個体の年齢をどうやって調べたのか――。
この記事では、そんな数々の疑問に答えながら、ニシオンデンザメの生態から絶滅危惧の状況まで、まるごと解説していきます。
ニシオンデンザメとは?
ニシオンデンザメ(学名:Somniosus microcephalus、英名:Greenland shark)は、ツノザメ目オンデンザメ科に分類される大型のサメです。北大西洋から北極海にかけての、水温が極めて低い海域に生息する深海性の軟骨魚類で、ツノザメ目の中では最大種にあたります。
灰色がかった鈍い体色と、頭部が小さくずんぐりとした体つきが特徴で、動きは非常にゆっくり。にもかかわらず、アザラシなどの海洋哺乳類を捕食することもある、謎の多いサメです。
| 基本情報 | 内容 |
|---|---|
| 分類 | 魚類・ツノザメ目オンデンザメ科 |
| 学名 | Somniosus microcephalus |
| 英名 | Greenland shark |
| 生息域 | 北大西洋・北極海周辺(西カリブ海など熱帯の深海での目撃例も) |
| 大きさ | 一般的に2.4〜4.3m、最大で7m前後(最大7.3mとする記録も) |
| 寿命 | 推定272〜400年前後、最高齢個体は392±120歳(272〜512歳)と推定 |
| 食性 | 肉食性・雑食性(魚類、海洋哺乳類、死骸なども捕食) |
| 生息環境 | 深海(水深数百〜2,000m以上)、高緯度では浅海にも出現 |
※寿命や年齢に関する数値は、炭素測定による予測です研究段階の推定値であり、今後の研究によって更新される可能性があります。
ニシオンデンザメの特徴

とにかく長生き!寿命は何年?
ニシオンデンザメ最大の特徴は、何といってもその圧倒的な長寿ぶりです。
2016年に発表された研究では、目の水晶体に含まれる放射性炭素の濃度を調べる「放射性炭素年代測定」という手法を用いて、ニシオンデンザメの年齢が推定されました。
水晶体の中心部分は、動物が生まれたときのまま組成がほとんど変化しないという性質を利用し、その中に含まれる放射性炭素の量から、生まれた年代を推定するという方法です。
この研究によって、調査対象となった個体群の平均寿命は少なくとも272年、そして最も高齢と推定された個体は392±120歳、幅を持たせると272歳から512歳の間だと算出されました。
仮に400年前後生きているとすれば、それはロンドンで腺ペストが大流行した1665年や、フランス革命が始まった1789年よりも前から、この個体が海を泳いでいたことになります。
これほどまでに長生きできる理由として、成長速度が極端に遅いことが挙げられます。ニシオンデンザメは1年でわずか1cm程度しか成長しないとされ、性成熟までに非常に長い時間がかかります。
メスが性成熟に達するのはおよそ150年後ともいわれており、これほどゆっくりとした生活史を持つ脊椎動物は他に類を見ません。
巨大な体を持つ
ニシオンデンザメは、ツノザメ目の中でも最大級の体格を誇ります。
一般的な成体は体長2.4〜4.3mほどですが、最大では7mを超える個体も記録されており、7.3mに達するという報告もあります。体重は最大で1.5トンに達するとされ、サメ全体で見ても屈指の巨体を持つ種のひとつです。
これほどの大きさに成長するにもかかわらず、年間の成長量はごくわずかです。この「ゆっくり大きくなる」という性質こそが、後述する驚異的な長寿と深く関わっていると考えられています。
深海で暮らしている
ニシオンデンザメは基本的に深海性のサメで、水深数百メートルから、時には2,000メートルを超えるような深さにも生息しているとされています。
ただし、常に深海だけにいるわけではなく、緯度が高く水温が十分に低い海域では、比較的浅い場所や河口付近にまで姿を現すこともあります。
深海という光の届かない過酷な環境に暮らしながら、広い行動範囲を持って移動していることが、近年の追跡調査からもわかってきています。
泳ぐスピードは速い?遅い?
「サメ」と聞くと、猛スピードで海中を泳ぎ回るイメージを持つ方も多いかもしれません。
しかしニシオンデンザメは、その正反対。巡航速度は秒速約34センチメートル、時速に換算するとおよそ1〜1.2km程度しかなく、これは人間の赤ちゃんがハイハイする速度とほぼ同じといわれています。
最大速度でも時速2.6km程度と、大人がゆっくり散歩するスピードにも及びません。
サメ類だけでなく、大型魚類全体で見ても極端に遅い部類に入るこの泳ぎの遅さは、低い代謝とエネルギーを温存する生活スタイルの表れだと考えられています。
それでいて、俊敏に泳ぐはずのアザラシを捕食することもあるというから驚きです。眠っているアザラシに忍び寄って襲うのではないかとする説もあり、のろまに見えて実はしたたかなハンターなのかもしれません。
目に寄生する生き物がいる?
ニシオンデンザメのユニークな特徴のひとつが、目にぶら下がった不思議な生き物です。多くの個体の角膜には、「オマトコイタ(Ommatokoita elongata)」という寄生性のカイアシ類(甲殻類の一種)が付着していることが知られています。
ウオノエのような魚類寄生虫とは異なり、カイアシ類という小型甲殻類の仲間で、体の一部を角膜に固着させて生活しています。
長らく、この寄生によってニシオンデンザメの視力は大きく損なわれていると考えられてきました。
しかし近年の研究では、寄生されていても視力をほとんど失わずに保っている可能性が示されるなど、その影響については今も議論が続いています。
また、このカイアシ類が発光することで獲物をおびき寄せる役割を果たしているのではないかという説もありますが、こちらも確証を持って断定できる段階ではありません。
深海という視覚に頼りにくい環境で暮らすニシオンデンザメにとって、嗅覚などの他の感覚が生活の中心になっているとも考えられています。
ニシオンデンザメはどこに生息している?

北極海や北大西洋に生息
ニシオンデンザメの主な生息域は、北大西洋全域から北極海にかけての冷たい海です。グリーンランド近海はもちろん、カナダやアイスランド、ノルウェーの沿岸など、広範囲に分布しています。
近年では、中米ベリーズ沖のカリブ海でもニシオンデンザメ、あるいはその近縁種オンデンザメとの雑種とみられる個体が確認されており、熱帯域の深海にも生息している可能性が指摘されています。
どれくらい深い場所にいる?
生息する水深は幅広く、数百メートルから、深いところでは2,000メートルを超える深海にまで及ぶとされています。
一方で、緯度が高く水温が十分に低い海域であれば、比較的浅い沿岸や河口付近にまで浮上してくることも珍しくありません。
深海と浅海を状況に応じて行き来する、柔軟な生態を持っているといえます。
なぜ寒い海で暮らせるの?
極寒の海で生きていくために、ニシオンデンザメの体には特殊な仕組みが備わっています。
体組織の中に、いわば「天然の不凍液」のような働きをする物質を多く含んでおり、これによって体内で氷の結晶ができてしまうのを防いでいると考えられています。
深海かつ低水温という、多くの生物にとって過酷な環境をあえて選ぶことで、天敵となる生物が少ない場所で長く生き延びられるようになったとも考えられます。
こうした環境への適応は、長寿の秘密を解き明かすうえでも重要な手がかりとされています。
ニシオンデンザメは何を食べる?
ニシオンデンザメは肉食性、というよりはむしろ雑食性に近い食性を持つとされ、あらゆるものを口にすることが知られています。
- 魚類:タラなどさまざまな魚を捕食
- 海洋哺乳類:アザラシなど、意外にも俊敏な動物を捕食した例が報告されている
- 死んだ動物の死骸:クジラなどの死骸を海底で漁ることもある
- その他の海洋生物:頭足類(イカなど)や海鳥なども食べることがある
こうした幅広い食性が、光の届かない深海という限られた環境の中で生き延びるための戦略になっていると考えられます。
動きが遅いのにどうやって獲物を捕まえる?
前述の通り、ニシオンデンザメの遊泳速度は驚くほど遅く、俊敏なアザラシを追いかけて捕まえるのは難しいはずです。
それでも捕食に成功している理由として有力視されているのが、「奇襲」というスタイルです。
眠っているアザラシや、油断している瞬間の獲物に静かに近づき、一気に襲いかかることで、遅い泳ぎでも捕食を成立させているのではないかと考えられています。
また、死んだ動物の死骸を食べる「スカベンジャー(腐肉食動物)」としての側面も強く、必ずしも自らのスピードで獲物を追いつめる必要がない食性を持っていることも、この極端な低速泳ぎと矛盾しない理由のひとつといえるでしょう。
なぜニシオンデンザメは400年以上生きられるの?

ニシオンデンザメの驚異的な長寿は、単一の理由で説明できるものではなく、複数の要因が組み合わさった結果だと考えられています。
ここでは、現在わかっていることと、まだ研究段階にあることを分けて紹介します。
成長が非常にゆっくり
ニシオンデンザメは年間わずか1cm程度しか成長しないとされ、これは魚類の中でも極めて遅い部類に入ります。ゆっくりとした成長は、細胞レベルでの代謝や損傷の蓄積速度にも関わっており、長寿な生物に共通して見られる特徴のひとつです。
成熟するまでに長い時間がかかる
ニシオンデンザメのメスが性成熟に達するまでには、およそ100〜150年という長い年月がかかると推定されています。
人間の感覚からすると気の遠くなるような話ですが、これほど成熟が遅いことも、長寿な生活史を持つ生物によく見られる特徴です。
低い代謝との関係
深海の低水温環境で、活動量の少ない生活を送ることは、体内の代謝速度を低く保つことにつながると考えられています。
代謝が低いほど、細胞にかかる負担や老化の進行が緩やかになる可能性があり、これがニシオンデンザメの長寿を支える要因のひとつとされています。
このほか、2026年に発表された染色体レベルのゲノム研究では、免疫やがんへの抵抗性、DNA修復、細胞内の遺伝情報を安定に保つ仕組みなどに関わる遺伝的な特徴が、長寿と関連している可能性が示唆されています。
ただし、これらの遺伝的特徴が実際にどの程度長寿に寄与しているのかについては、今後さらなる検証が必要な段階です。「深海・低代謝・遅い成長」という生活史の特徴と、遺伝子レベルの仕組みの両方が、複合的にニシオンデンザメの長寿を支えていると理解しておくのが、現時点で最も正確な捉え方だといえるでしょう。
長生きする動物について詳しく知りたい方は『長生きする動物10選|驚きの寿命を持つ生き物を紹介』の記事で、世界にはどのような長寿の生き物がいるのか、驚きの寿命や長生きする理由などを詳しく紹介しています。
ニシオンデンザメは絶滅危惧種?
絶滅危惧の状況
ニシオンデンザメは、IUCN(国際自然保護連合)のレッドリストにおいて「危急種(VU)」に分類されています。絶滅危惧種の中では相対的に緊急度が低いカテゴリーではあるものの、これは油断してよいという意味ではありません。
成長や性成熟が極端に遅く、繁殖率も低いという生態的な特徴から、ひとたび個体数が減少すると、回復までに非常に長い時間がかかると考えられているためです。
ニシオンデンザメが脅かされる理由
- 漁業による混獲:現在、ニシオンデンザメを目的とした漁業はほとんど行われていませんが、他の魚を狙う底延縄漁などの漁具に誤ってかかってしまう「混獲」が発生しています。
- 過去の乱獲の影響:1960年代までは、工業用の潤滑油やランプ用の油として利用するため、肝臓に含まれる肝油を目的に捕獲されていた歴史があります。この時期の乱獲の影響が、今も個体数に尾を引いている可能性が指摘されています。
- 成長・成熟が遅いことによる回復の難しさ:性成熟に100年以上かかるという生活史の特性上、一度個体数が減ってしまうと、世代交代による回復には非常に長い年月が必要になります。
- 気候変動・海洋汚染などの影響:深海性の生物であっても、海洋環境全体の変化と無関係ではいられません。長期的な環境の変化が、生息域や餌となる生物に影響を及ぼす可能性があります。
ニシオンデンザメのように、さまざまな理由で絶滅の危機にさらされている動物については、こちらの[絶滅危惧種とは?意味や種類・原因をわかりやすく解説|私たちにできることは?]で詳しく紹介しています。

ニシオンデンザメは人間を襲う?
400年以上生きる可能性がある巨大なサメと聞くと、「危険な生き物なのでは」と身構えてしまう方もいるかもしれません。
しかし結論からいうと、ニシオンデンザメが人間を襲ったという確実な記録は知られておらず、危険性は極めて低いサメだとされています。
その理由の一つは、圧倒的に遅い遊泳速度にあります。人間が水中で普通に泳いでいる分には、追いつかれる心配はまずないでしょう。
また、主な生息域が深海や北極圏の冷たい海であることから、そもそも人間と遭遇する機会自体が非常に少ないという事情もあります。
一方で、肉には「トリメチルアミンオキシド」という成分が多く含まれており、そのまま食べると中毒症状を引き起こすことが知られています。
アイスランドやグリーンランドでは、この肉を数カ月かけて発酵・乾燥させることで毒を抜き、「ハカール」と呼ばれる伝統食品として食べる文化がありますが、素人が生のまま食べるのは危険です。
人間を積極的に襲うことはないものの、扱い方には注意が必要な生き物だといえるでしょう。
ニシオンデンザメに関するよくある質問

ニシオンデンザメは何年生きる?
研究では、少なくとも272年、最高齢の個体では392±120歳(272〜512歳)と推定されています。これらはあくまで放射性炭素年代測定による推定値であり、正確な年齢が確定しているわけではありませんが、既知の脊椎動物の中では突出した長寿とされています。
ニシオンデンザメは世界一長生きする動物?
正確には、「脊椎動物として」世界で最も長寿と考えられている動物です。動物界全体で見ると、二枚貝の一種であるアイスランドガイのように、500年を超える寿命が推定されている無脊椎動物も存在します。「脊椎動物の中で最長寿」という表現が、最も正確な理解になります。
ニシオンデンザメは何を食べる?
魚類や海洋哺乳類(アザラシなど)、死んだ動物の死骸、頭足類など、非常に幅広いものを食べる雑食性に近い肉食動物です。動きは遅いものの、奇襲や死骸食によって、この食性を成立させていると考えられています。
ニシオンデンザメはどこにいる?
主に北大西洋から北極海にかけての、水温の低い海域に生息しています。カナダやグリーンランド、アイスランド、ノルウェー沿岸などが代表的な生息域で、近年は西カリブ海など熱帯域の深海でも目撃例が報告されています。
ニシオンデンザメは人を襲う?
人間を襲ったという確実な記録は知られておらず、危険性は極めて低いとされています。ただし肉には毒性のある成分が含まれるため、適切な処理をせずに食べることは避けるべきです。
日本の水族館で見られる?
2026年現在、ニシオンデンザメを常設展示している水族館は日本国内にはありません。深海性で生態にも未解明な部分が多く、飼育の難しさもあってか、これまでのところ国内での展示例は確認されていません。もし今後、混獲などで一時的に姿を見られる機会があれば、大きな話題になるはずです。
まとめ
ニシオンデンザメは、北極海や北大西洋などの冷たい海に暮らす大型のサメです。非常に成長が遅く、寿命は数百年に及ぶ可能性があり、世界で最も長寿な脊椎動物として知られています。
その驚異的な長寿の秘密は、ゆっくりとした成長や低い代謝、そして遺伝子レベルの仕組みが組み合わさった結果だと考えられていますが、まだ研究段階の部分も多く残されています。光の届かない深海という過酷な環境に適応しながら生きてきたこのサメは、その一方で漁業の混獲や過去の乱獲の影響を受け、絶滅危惧種(危急種)にも指定されています。
『400年以上前から海を泳いでいるかもしれない生き物がいる』
そう考えると、深海という未知の世界に対する興味が、少し深まるのではないでしょうか。




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