秋になると、日本でも多くの渡り鳥たちが南の国へと旅立っていきます。 ここで、ひとつの疑問を抱いたことはないでしょうか。
「生まれたばかりの若い鳥たちは、誰にも教わっていないのに、どうして何千キロも離れた目的地に迷わずたどり着けるのだろうか」
親鳥が道案内をしてくれる種類もいますが、中にはたった一羽で、しかも夜の闇に紛れて旅立つ勇敢な鳥たちもいます。
2026年6月25日、世界的に権威のある科学誌「Science」に、この謎に迫る興味深い実験結果が発表されました。今回は、その研究の全貌をわかりやすくご紹介します。
体重わずか12グラムの小さな旅人マダラヒタキ

今回の研究の主役は、ヨーロッパからシベリアにかけて広く生息する「マダラヒタキ(Pied flycatcher)」という小さな鳴き鳥です。
その体重は、なんとわずか12グラムほどしかありません。これは、私たちが普段使っているスマートフォンの15分の1以下の重さです。
こんな小さな体で、彼らはヨーロッパやシベリアから、はるか遠くアフリカのサハラ砂漠の南まで旅をします。その距離は、長い個体では1万3000キロメートルにも及びます。
しかも彼らは群れを作らず、夜間にたった一羽で飛びます。つまり、先輩の後をついていくという方法が使えないのです。
国境を越えた卵の引っ越し実験
鳥たちの目的地選びが「生まれつきの遺伝」によるものなのか、それとも「育った環境」によるものなのか。これを確かめるため、研究チームは大胆な入れ替え実験を行いました。
オランダ生まれの「卵」をスウェーデンまで運び、現地のスウェーデンの親鳥に育てさせたのです。
さらに、オランダのメスをスウェーデンへ連れていき、現地のオスとペアにさせて「オランダとスウェーデンのハーフのヒナ」も誕生させました。
生まれたヒナたちには、重さわずか0.5グラム以下という超軽量の光センサー「ジオロケータ」をリュックサックのように背負わせ、野生に放ちました。そして、彼らがアフリカのどこで冬を過ごし、翌年戻ってくるかを追跡したのです。
イベリア半島経由の大遠回りとサハラ砂漠ノンストップ飛行
追跡によって、彼らのダイナミックな渡りルートが明らかになりました。
シベリアから出発する個体も、オランダの個体も、まずは一度西へ向かい、スペインやポルトガルのあるイベリア半島に集まります。そこで旅の準備を整えたあと、大西洋からサハラ砂漠の上空を、30時間から40時間ノンストップで飛び越え、アフリカの西側へと一気に移動していたのです。
このルートは、東側にいるシベリアの鳥にとってはかなりの大遠回りになります。専門家は、大昔に彼らの祖先がヨーロッパ西部にしかいなかった頃の記憶(進化のなごり)が、今も遺伝子に刻まれているのではないかと考えています。
遺伝と育ちのタイミングの共同作業
そして、実験の最も重要な結果です。スウェーデンで育ったオランダ生まれの鳥たちは、一体どこで冬を過ごしたのでしょうか。
通常、野生のオランダの鳥は、スウェーデンの鳥よりも約500キロメートル東側の内陸部で冬を越します。
追跡の結果、以下のような興味深い事実が判明しました。
- オランダ生まれ・オランダ育ち:アフリカの東寄りに到着
- スウェーデン生まれ・スウェーデン育ち:アフリカの西寄りに到着
- オランダの卵・スウェーデン育ち(里子):中間の位置に到着
- ハーフの鳥たち:同じく中間の位置に到着
この結果から、目的地は遺伝と育ちの両方の影響によって決まることが証明されました。
鳥たちの遺伝子に書き込まれているのは、具体的な地図そのものではなく、実は「渡りをするプログラムの長さ(期間)」だったのです。
オランダの鳥は、比較的暖かい南に位置するため繁殖期が早く、渡りを早く始めます。早く出発した鳥は、アフリカに到着したあと、さらに東へと移動する時間的な余裕があります。 しかし、同じ遺伝子を持っていても、涼しいスウェーデンで育てられると成長や出発のタイミングが少し遅くなります。その結果、アフリカに到着したあとに移動できる距離が変わり、中間の位置で冬を越すことになったのです。
一生忘れない強力なマイホーム愛
この研究でもうひとつ明らかになった驚くべき事実は、彼らの強力な場所へのこだわりです。
幼い頃、遺伝と環境の組み合わせによって「初めてたどり着いたアフリカの冬越し場所」を、鳥たちは一生忘れません。翌年からも、彼らは正確にアフリカのまったく同じピンポイントの場所に帰っていくのです。
GPSも持たない小さな脳に、これほど正確なナビゲーションシステムが備わっていることは、自然の大きな神秘と言えます。
気候変動と鳥たちの未来
現在、地球温暖化によって春の訪れが早まり、鳥たちの繁殖タイミングがズレてしまう問題が世界中で懸念されています。
しかし今回の研究は、鳥たちが単に遺伝子だけに縛られているのではなく、育つ環境や出発のタイミングによって、ある程度柔軟に目的地を変えられる可能性を示してくれました。この柔軟性こそが、過酷な気候変動を生き抜くカギになるかもしれません。
小さなマダラヒタキが背負った、たった0.5グラムのリュックサック。そこから見えてきたのは、生命が持つたくましさと、自然の美しい仕組みでした。
【引用元論文】 science


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