日本には、長崎県の対馬にしか生息していない野生のネコがいます。それがツシマヤマネコです。
見た目はイエネコとほとんど同じ大きさでありながら、体全体に広がる斑点模様や、額に浮かぶ縞模様、耳の後ろにちらりと光る白い斑点、そして太く長い尾など、野生のヤマネコならではの特徴を随所に持っています。
ツシマヤマネコは普通の猫と何が違うのでしょうか。なぜ対馬にしかいないのでしょうか。そして今も野生で暮らしているのでしょうか。実は2026年4月、環境省が公表した最新の調査結果では、対馬の下島(しもじま)で分布域が大きく広がるなど、「回復傾向」にあると評価されました。一方で、交通事故やシカによる自然植生の変化など、今も残る脅威も指摘されています。この記事では、そんなツシマヤマネコの特徴や生息地、食べ物、暮らし、そして絶滅危惧の現状まで、詳しく解説していきます。
ツシマヤマネコとは?

ツシマヤマネコはどんな動物?
ツシマヤマネコは、ネコ科に分類される野生動物で、日本国内では長崎県の対馬にのみ生息しています。東南アジアから中国、朝鮮半島にかけて広く分布するベンガルヤマネコの亜種とされ、およそ9〜10万年前、当時陸続きだった大陸から対馬へ渡ってきたと考えられています。
ツシマヤマネコの基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 分類 | 食肉目ネコ科(ベンガルヤマネコの亜種) |
| 学名 | Prionailurus bengalensis euptilurus |
| 生息地 | 長崎県対馬 |
| 体長 | 50〜60cm程度 |
| 体重 | 3〜5kg程度 |
| 食性 | 肉食性(ネズミ類を中心に鳥類・両生類・昆虫類など) |
| 保全状況 | 環境省レッドリスト「絶滅危惧IA類」 |
| 指定 | 国の天然記念物(1971年)、国内希少野生動植物種(1994年) |
環境省の資料によると、成体の体重は3〜5kg、体長は50〜60cm程度で、これはイエネコとおおむね同じ大きさです。
なぜ「ツシマヤマネコ」と呼ばれるの?
その名の通り、対馬に生息するヤマネコであることから「ツシマヤマネコ」と名付けられています。日本国内で自然に生息する野生のネコ科動物は、このツシマヤマネコと、沖縄県西表島に生息するイリオモテヤマネコの2種のみです。両者はいずれもベンガルヤマネコから分岐した近縁の存在ですが、イリオモテヤマネコが約20万年前に分岐したのに対し、ツシマヤマネコは約9〜10万年前に分岐したと考えられており、それぞれ独自の進化を遂げてきました。
ツシマヤマネコの特徴

一見するとイエネコとよく似ていますが、ツシマヤマネコには野生のヤマネコならではの見分けポイントがいくつかあります。
体に特徴的な斑点模様がある
ツシマヤマネコの体全体には、はっきりとした斑点模様が広がっています。イエネコの縞模様とは異なる、野生のヤマネコらしい柄です。
額には縦じま模様がある
額の部分には、複数の縦じま模様が入っています。この模様も、イエネコとの見分けポイントのひとつとしてよく紹介されます。
耳の後ろに白い斑点がある
耳の裏側には、白い斑点模様が見られます。これは「虎耳状斑(こじじょうはん)」と呼ばれ、トラなど一部のネコ科動物にも見られる特徴です。暗い場所で子どもが親を見失わないための目印になっているのではないかとする説もあります。
太くて長い尾を持つ
ツシマヤマネコの尾は太く、長く伸びているのが特徴です。イエネコと比べても、その存在感は際立っています。
イエネコと同じくらいの大きさ
前述の通り、体長50〜60cm、体重3〜5kgほどと、大きさそのものはイエネコとほとんど変わりません。しかし、これらの特徴を知っていれば、見た目の印象だけでも野生のヤマネコかどうかを見分ける手がかりになります。
ツシマヤマネコはどこに生息している?

日本では対馬だけに生息
ツシマヤマネコは、日本国内では長崎県の対馬にのみ生息する固有の亜種です。対馬以外の日本国内はもちろん、世界的に見ても、対馬でしか見ることのできない、非常に限定的な分布を持つ動物です。
対馬のどんな場所で暮らしている?
ツシマヤマネコにとって最も適した生息環境は、照葉樹林や落葉樹林、田畑、沢など、多様な環境が混在する場所だとされています。単一の環境だけでなく、森林と人里が入り混じった、対馬らしい里山的な景観の中で暮らしていることが特徴です。
なぜ対馬にだけ生息しているの?
対馬は、地質学的に見ると、かつて大陸と陸続きだった時期がある島です。ツシマヤマネコの祖先は、この陸続きだった時代に大陸から対馬へと渡ってきたと考えられており、その後、対馬が島として独立したことで、大陸のベンガルヤマネコとは異なる、独自の進化を遂げていったと考えられています。対馬という限られた島の環境の中で命をつないできたことが、この動物の希少性を生み出しているのです。
ツシマヤマネコは何を食べる?

ネズミ類をよく食べる
ツシマヤマネコにとって最も重要な餌となっているのが、ネズミ類です。アカネズミやヒメネズミなど、対馬の森林に生息する小型哺乳類を中心に捕食しています。
鳥やカエル、ヘビ、昆虫なども食べる
ネズミ類のほかにも、鳥類や両生類(カエルなど)、爬虫類(ヘビなど)、昆虫類など、さまざまな小動物を食べる完全な肉食性です。このほか、消化を助けるためと考えられていますが、イネ科の植物が糞に混じることもあるとされています。
季節や環境によって食べるものが変わる
餌となる小動物は、季節や生息環境によって、種類や数が変化します。ツシマヤマネコは、こうした変化に応じて、利用できる餌を柔軟に選びながら生きています。裏を返せば、餌となる動物が豊富に暮らせる環境そのものを守ることが、ツシマヤマネコを守ることに直結するということでもあります。この点は、後述する保全活動を理解するうえでも重要なポイントです。
ツシマヤマネコの生態

夜明けや夕暮れに活動する
ツシマヤマネコは「薄明薄暮型」と呼ばれる、夜明けや夕暮れの薄暗い時間帯に活発に活動する性質を持っています。日中や深夜にまったく活動しないわけではありませんが、こうした薄暗い時間帯を中心に行動することが知られています。
基本的に単独で暮らす
ツシマヤマネコは、繁殖期を除いて基本的に単独で行動する動物です。それぞれが自分の行動圏を持ちながら、単独で生活しています。
どのように獲物を捕まえる?
夜明けや夕暮れの薄暗い時間帯に、優れた聴覚や視覚を活かしてネズミなどの小動物を探し、静かに接近して捕らえます。森林や田畑、沢が入り混じった環境は、こうした狩りを行ううえでも都合のよい場所だと考えられています。
繁殖と子育て
ツシマヤマネコの出産は、1回に通常1〜2頭ほどとされ、飼育下での平均は2頭弱と、イエネコと比較して少産です。限られた頭数の子どもを、母親が単独で育てていきます。
ツシマヤマネコは絶滅危惧種?

ツシマヤマネコは絶滅危惧ⅠA類
ツシマヤマネコは、環境省のレッドリストにおいて、絶滅の危険性が最も高いカテゴリーである「絶滅危惧IA類」に分類されています。これは、対馬という限られた島に生息数が集中しているうえ、後述するさまざまな要因によって、常に絶滅のリスクと隣り合わせにある状態が続いていることを意味します。
このほかにも、1971年には国の天然記念物に、1994年には国内希少野生動植物種に指定されており、法律や制度の両面から手厚い保護の対象とされてきました。
他にも日本の絶滅危惧種について詳しく知りたい方は『絶滅危惧種とは?意味や種類・原因をわかりやすく解説』もあわせてご覧ください。絶滅危惧種の意味や分類、絶滅の原因、保全活動などを詳しく紹介しています。

なぜツシマヤマネコは絶滅の危機にある?
生息環境の変化
ツシマヤマネコにとって好適な生息環境である落葉広葉樹林が減少する一方、間伐の行われていない針葉樹の植林が増加してきました。こうした森林環境の変化は、ツシマヤマネコの暮らしに大きな影響を与えています。
餌となる生き物が減少する問題
対馬では近年、ニホンジカやイノシシが高密度で生息するようになり、その影響で森林内の下層植生が衰退する問題が起きています。下層植生が失われると、そこに暮らすネズミ類の生息密度も低下してしまい、結果としてツシマヤマネコの主な餌が減少するという、生態系全体を通じた連鎖的な影響が生じています。
道路での交通事故
車両の増加に伴う交通事故死も、ツシマヤマネコにとって重要な脅威のひとつです。道路を横断する際に、車と接触してしまう事故が後を絶ちません。
イエネコからの病気感染
近年、イエネコからツシマヤマネコへの病気感染も確認されています。適切に管理されていない飼い猫との接触によって、感染症のリスクが生じることが懸念されています。
生息地の分断
河川改修や道路建設などによって、ツシマヤマネコの生息環境が分断されてしまう問題も指摘されています。生息地が細かく分断されると、個体同士の移動や出会いの機会が減り、長期的な個体群の維持にも影響を及ぼす可能性があります。
このほか、シカやイノシシを捕獲するためのわなに誤ってかかってしまう「錯誤捕獲」や、ノイヌによる咬傷なども、ツシマヤマネコの生息を脅かす要因として挙げられています。
ツシマヤマネコの現在の生息状況
2026年に第六次生息状況調査の結果が公表
ツシマヤマネコの全島的な生息状況を把握するための調査は、1985年に初めて実施されて以来、これまで概ね10年に一度(近年は5年に一度)のペースで行われてきました。
今回の「第六次ツシマヤマネコ生息状況調査」は、令和2(2020)年度から令和6(2024)年度にかけて実施され、2026年4月にその結果概要が公表されました。
下島では分布域が拡大
第六次調査の最大のポイントは、対馬下島における分布域の大幅な拡大です。かつて下島では、1984年を最後にツシマヤマネコの確実な生息情報が途絶え、1990年代から2000年代前半にかけての調査でも、生息が確認されない状態が続いていました。
しかし2007年3月、自動撮影カメラによって23年ぶりに下島での生息が確認されて以降、生息情報が得られる地域は徐々に増加し、今回の調査では、過去の調査結果と比べて下島での分布域が大幅に拡大していることが確認されました。
ツシマヤマネコは「回復傾向」
こうした結果を受け、環境省は今回の調査で、ツシマヤマネコの生息数は「回復傾向」にあると評価しました。報道によれば、下草を食べるシカの捕獲が進んだことなども、この回復傾向に寄与していると考えられています。
2010年代前半まで続いていた減少傾向に歯止めがかかり、状況が改善している可能性が示されたことは、長年にわたる保全活動の成果を裏付けるものといえるでしょう。
それでもまだ安心できない理由
ただし、「絶滅危惧種=ずっと減り続けている」という単純なイメージで捉えるべきではない一方、「回復傾向=もう安心」というわけでもありません。上島の一部地域では、依然として生息密度の低さや、減少の可能性が指摘されており、地域による差が残っています。また、交通事故やシカによる自然植生の改変といった脅威は、今も解消されたわけではなく、継続的な対策が必要とされています。
推定生息数についても、これまでの調査では70〜100頭程度とされてきており、依然として絶滅の危険性が高い、極めて少ない個体数であることに変わりはありません。
「保全活動によって回復の兆しが見られる一方、まだ保護が必要」という、現在進行形の状況として理解することが大切です。
ツシマヤマネコを守るために行われていること
生息環境を守る取り組み
好適な生息環境である落葉広葉樹林の保全や、国指定鳥獣保護区の設置など、生息地そのものを守るための取り組みが進められています。
シカの捕獲による下層植生の回復も、間接的にツシマヤマネコの餌環境を支える重要な対策のひとつです。
交通事故を防ぐ取り組み
道路標識の設置や、ドライバーへの注意喚起など、交通事故を減らすための取り組みが行われています。事故に遭ったツシマヤマネコの保護・治療体制の整備も、重要な取り組みのひとつです。
イエネコからの病気感染を防ぐ取り組み
飼い猫の適正飼育(室内飼育や、不妊・去勢手術など)を呼びかける普及啓発活動を通じて、イエネコからツシマヤマネコへの病気感染リスクを減らす取り組みが進められています。
飼育下繁殖
野生個体群を補完するため、飼育下での繁殖にも取り組んでいます。1996年より5頭の野生個体を確保し、1999年からは福岡市動物園の協力を得て飼育下繁殖を開始、2000年に初めて繁殖に成功しました。
現在はリスク分散のため、日本動物園水族館協会の協力のもと、複数の動物園で飼育・繁殖に取り組んでいます。
対馬野生生物保護センターでの活動
対馬野生生物保護センターは、1997年に開所した、ツシマヤマネコの保護増殖事業の拠点となる施設です。環境省が地元の長崎県や対馬市の協力を得て運営しており、調査研究や傷病個体(負傷した個体)の保護・治療、普及啓発活動など、幅広い役割を担っています。
近年では、保護・治療した個体を野生に戻す「野生復帰」の取り組みも進められており、2024年4月には、初めての放獣事例も報告されています。
ツシマヤマネコだけを守るのではなく、対馬の自然環境や地域社会との共生を実現していくことが、これらの取り組みに共通する大きな目標です。
ツシマヤマネコを見られる場所は?
対馬野生生物保護センター
対馬野生生物保護センターでは、ツシマヤマネコに関する展示や、保護増殖事業の最新の取り組みについて学ぶことができます。現地を訪れる際は、ぜひ立ち寄ってみたい施設のひとつです。
動物園などで飼育されている個体
前述の通り、京都市動物園やよこはま動物園ズーラシアなど、全国の複数の動物園がツシマヤマネコの保護増殖事業に協力し、飼育・展示を行っています。現在の飼育状況は変わる可能性があるため、訪問前に各施設の公式サイトで最新情報を確認することをおすすめします。
野生のツシマヤマネコを探しに行くときの注意
野生のツシマヤマネコは非常に希少で、警戒心も強い動物です。むやみに探し回ったり、撮影のために近づいたりする行為は、ツシマヤマネコにストレスを与えるだけでなく、保全活動そのものの妨げになる可能性もあります。
対馬を訪れる際は、道路での運転に十分注意しつつ、野生個体との接し方については、地域のルールやガイドラインを尊重することが大切です。
ツシマヤマネコに関するよくある質問

ツシマヤマネコは普通の猫と何が違う?
大きさはイエネコとほぼ同じですが、体全体の斑点模様や額の縦じま、耳の後ろの白い斑点(虎耳状斑)、太くて長い尾など、野生のヤマネコならではの特徴を持っています。
ツシマヤマネコはどこにいる?
日本国内では、長崎県対馬にのみ生息しています。照葉樹林や落葉樹林、田畑、沢など、多様な環境が混在する場所を主な生息地としています。
ツシマヤマネコは何を食べる?
最も重要な餌はネズミ類で、このほか鳥類や両生類、爬虫類、昆虫類なども食べる肉食性の動物です。
ツシマヤマネコは何匹いる?
これまでの調査では、推定生息数はおおむね70〜100頭程度とされてきました。2026年に公表された最新の調査結果では、下島を中心に分布域が拡大し、「回復傾向」にあると評価されています。
ツシマヤマネコは絶滅危惧種?
はい、環境省のレッドリストで最も危険度の高い「絶滅危惧IA類」に分類されています。国の天然記念物、国内希少野生動植物種にも指定されています。
ツシマヤマネコを見ることはできる?
対馬野生生物保護センターや、保護増殖事業に協力する全国の一部の動物園で、展示されている個体を見ることができます。野生個体は非常に希少で警戒心も強いため、むやみに探し回ることは控えるべきです。
ツシマヤマネコを守るために私たちができることは?
飼い猫を適正に飼育する(室内飼育や不妊・去勢手術など)ことは、イエネコからの病気感染リスクを減らすことにつながります。
また、対馬を訪れる際に交通ルールを守ること、保護増殖事業を行う団体や動物園の活動を知り、応援することなども、私たちにできる身近な貢献です。
まとめ
ツシマヤマネコは、日本では長崎県対馬にのみ生息する、貴重な野生のネコ科動物です。イエネコと似た大きさでありながら、体の斑点模様や額の縞、耳の後ろの白い斑点、太く長い尾といった、野生のヤマネコならではの特徴を持っています。ネズミ類を中心に、対馬の森林や田畑、沢などを利用しながら暮らしています。
環境省のレッドリストでは、最も絶滅の危険性が高い「絶滅危惧IA類」に指定されており、交通事故や生息環境の変化、餌となる生物の減少、イエネコからの病気感染など、さまざまな脅威にさらされてきました。
それでも、2026年に公表された最新の調査結果では、下島を中心に分布域が拡大し、「回復傾向」にあると評価されるなど、長年の保全活動の成果も少しずつ実を結びつつあります。
一方で、地域による差や残された脅威も多く、保全活動を継続する必要があることに変わりはありません。
ツシマヤマネコを守ることは、対馬に残された豊かな自然環境そのものを守ることにもつながっています。この希少なヤマネコの現状を知ることが、対馬の自然と、そこに暮らす人々の営みについて考える、小さな一歩になるはずです。
他にも日本の絶滅危惧種について詳しく知りたい方は『絶滅危惧種とは?意味や種類・原因をわかりやすく解説』もあわせてご覧ください。絶滅危惧種の意味や分類、絶滅の原因、保全活動などを詳しく紹介しています。


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